サブスク配信でゲイ映画「his」ゲイであることを受け入れてから人生は始まる

Netflix、Amazon Prime、Disney+、Hulu、U-Nextなど、サブスクリプション配信で映画やドラマを楽しめるプラットフォームは増える一方。

そのおかげで、日本で見られる映画やドラマの数は一挙に増加。そんな配信で見られるコンテンツの中から、ゲイが主役または重要な役割を担う作品を連続紹介する連載コラム。

第六回「his」

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メ~テレが制作したドラマの後日譚となる、2人のゲイを中心にさまざまなトピックを描いていく。Netflix、アマゾンプライム、dTVでサブスク配信中。

目次

・この映画を50文字以内で表してみる
・ネタバレほぼなしの作品解説
・物語
・クレジット
・ネタバレありの率直感想

この映画を50文字以内で表してみる

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エピソードの詰め込みすぎでゲイ2人の物語は「ままごと」のように感じるが、それ自体が実は仕掛けだった。(50文字)

ネタバレほぼなしの作品解説

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2019年春、名古屋のテレビ局メ~テレが制作したドラマ「his~恋するつもりなんてなかった~」の後日譚となる作品。

「his~恋するつもりなんてなかった~」は、高校時代に湘南の海で出会った渚と迅が、サーフィンを通じて仲良くなり、お互いに友情ではなく恋する思いを抱いていることに戸惑う姿を描いた。

恋人となった2人だが、渚からいきなり別れを告げられる場面から始まる映画「his」は、湘南での出会いから13年後の物語。

ゲイ2人の恋愛物語だけじゃなく、ゲイの子育てや、離婚調停、ゲイと地方社会との関わり方など、様々なテーマを内包した作品。

監督は「愛がなんだ」「アイネクライネナハトムジーク」の今泉力哉。主演の井川迅役を「偽装不倫」「ちむどんどん」の宮沢氷魚、日比野渚役を「関ヶ原」「沈黙」の藤原季節が演じる。

物語

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春休みに江ノ島を訪れた男子高校生・井川迅は、湘南の高校に通う日比野渚と出会う。2人の間に芽生えた友情はやがて愛へと発展するが、迅の大学卒業を控えた頃、渚は「一緒にいても将来が見えない」と別れを告げる。

出会いから13年後、ゲイであることを周囲に知られるのを恐れ、岐阜県白川町に移転して、一軒家に一人で住むという孤独な生活を送る迅の前に、6歳の娘・空を連れた渚がいきなり現れる。

居候させてほしいという渚に戸惑う迅だったが、そのまま居着かれてしまう。最初は距離感の取り方に悩む迅だったが、いつしか空も懐いてきて、周囲の人々も3人を受け入れていく。

そんな中、渚は妻と娘の親権を争っていることを明かし、自分に嘘をついて抑えこもうとしてきた迅への思いを告白するのだった。

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クレジット

監督:今泉力哉
脚本:アサダアツシ
出演:宮沢氷魚、藤原季節、松本若菜、松本穂香、他
配給:ファントムフィルム
2020年/日本/127分

Netflix:https://www.netflix.com/search?q=his&jbv=81338785
アマゾンプライム:https://onl.la/K9MDbzT

【警告】

ここから先は、かなりのネタバレ注意です。

あらかじめご了承ください。

ネタバレありの率直感想

もともと連続ドラマ10話くらいで描く構想だったのでは、と思えるほど盛りだくさんなエピソードを2時間少々に凝縮したのでは、という印象が残る。

どれだけ盛りだくさんであるのか、中心となるキャスト3人の物語を見ていこう。

【迅の物語】

主人公である井川迅は、学生時代から付き合っていた恋人・渚に唐突に捨てられ、その傷ゆえに社会人として上手く馴染むことができないまま、岐阜の白川に越して自分の殻に閉じこもるようにひっそりと生きている。

そんな迅を気にかけて可愛がってくれる猟師の老人・緒方には心を許しているが、他の住民とは没交渉。

そこに娘を連れて渚が転がり込んでくる。無理矢理に娘の面倒をみさせられることになるもそれを受け入れ、渚が離婚調停中であり「迅がいないと生きていけない」と泣いて迫られれば渚を受け入れる。

そして突然亡くなった緒方の葬儀の後の御斎の席に集まった住民に向かって「僕は同性愛者です、日比野渚のことを愛しています」と、いきなりカミングアウトする。ある種引きこもりのように暮らしていた青年が、自分を変えようと一歩前に進む物語。

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【渚の物語】

一方、渚は「自分がゲイである」ことを完全に受け入れることができず、迅と別れ玲奈と結婚する道を選ぶ。娘が生まれた後は玲奈に頼まれ主夫となって子育てに励んでいた。しかし、自分に嘘をつき続けなくなり玲奈と離婚調停を開始。通訳である玲奈が海外に出張する間、娘をつれて迅の家に転がり込む。

娘の親権を得るためには定職につく必要があり、迅の住む村のパイプオルガン工房で見習いとして仕事を始める。

離婚調停の場では、それぞれの弁護士が関係者に厳しい質問を問いただしていく。玲奈が問い詰められている場面で、渚は大きな決断をする。

妻に対しても、彼氏に対しても、自分本位で身勝手な選択ばかりを繰り返していた渚が、自分がゲイであることを受け入れて、初めて人生にきちんと向き合っていく、という男の成長物語。

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【玲奈の物語】

玲奈は、どこか冷たい印象を受ける母親のしつけに反発して、母親の意に沿わない生き方を選ぶ女性。渚との結婚も、母親の反対を押し切る形で進めた。

通訳の仕事が忙しくなり、出産後は渚が主夫となったことで順調な生活を送っていくと思った矢先に、渚から「自分はゲイだ」とカミングアウトされ、泥沼の離婚調停がはじまる。

自分より前に渚がつきあっていた男のもとに娘がいることが許せず、渚から娘を引き剥がすが、母親からの愛情を受けた記憶が薄い玲奈は、娘に対して愛情を示すことができない。

離婚調停が意外な結末に終わったことで親権を得て、母親に手伝ってもらい仕事と子育てを両立していくが、どこかしっくりしないことを感じ、娘の気持ちになって考え始める、という親になっていく物語。

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この主要キャスト3人の物語だけでも2時間では描ききれないボリュームなのだが、ここに緒方や、根岸季衣がボスの村民の高齢者たちや、迅を好きになる町役場の職員・松本穂香などのエピソードも詰め込んでくるので、もはやキャパオーバー。

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どのエピソードも駆け足で描かざるを得ず、長いドラマの総集編を見ているかのような感覚にもなる。しかし、離婚調停の場面だけはトーンが異なっており、駆け足感も覚えずに見応えがあった。

ゲイ2人が物語の中心、のはずなのだが、驚くほど2人の印象は薄い。それは彼らの感情がまったく伝わってこないからだ。

膨大なエピソードを駆け足で積み重ねていかざるを得ない状況で、肝心の男2人の感情の変化を描くことは放棄したのかもしれない。

渚の涙の告白からのラブシーンも、捨てられずにしまっていた渚のセーターを着た迅が渚にバックハグするシーンも、どれもが唐突過ぎて、感情移入できないまま終わってしまう。

その反面、玲奈を演じる松本若菜を筆頭に、松本穂香、根岸季衣、弁護士役の戸田恵子、玲奈の母役の中村久美と、出番の多寡に関わらず総じて女優陣の演技が巧みで、感情がしっかり伝わってくる。

そのギャップには正直違和感を覚えた。ゲイ2人のドラマが、ある種「ままごと」のようにも思えるからだ。

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しかし、緒方の最後のセリフを思い出すと、別な観点が見えてきた。

迅と渚がゲイカップルではないかという噂が村中に広がり、居心地の悪さを感じている迅を猟に連れ出した緒方は、迅に対してこう語る。

「白川の人はみんな暇人で噂好きだが、根っからの悪人はいない。この街は昔から外から来る人が多くて元来そよものには優しい。だから毅然と放っといたらいい、放っといたら大概自然と解決する。誰が誰を好きになろうとその人の勝手だ、好きに生きたらいい」

迅や渚が悩むほど「ゲイであること」は実は大した問題ではない。大切なのは「ゲイであること」ではなく「どう生きていくのか」だ、ということを伝えたかったのだろう。

緒方の葬儀で迅が唐突にカミングアウトしたのは、自分の殻を破って周囲の人たちに溶け込み村に根を下ろそうとする決意表明。そして離婚調停を経て渚は自分の身勝手さを反省、定職について迅と2人の生活を始めだした。

娘を交えて玲奈と2人の関係が新たな展開を始めたラストシーンは、ここから先が2人にとって本当の人生の開幕なのだと思わせてくれる。

もしこの先の2人を描く後日譚があるとしたら、きっと2人の感情がしっかり伝わってくるに違いない。地に足のついた未来を予感させるポジティブなラストは、実に印象深い。

(冨田格)


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