HIVウィルス測定の精度が上がりすぎて新たな問題が生じた、という話。

HIV陽性だと分かると「死の宣告」を意味するような時代は、医学の進歩によって遠い過去となった。投薬によってHIVウィルスを検出限界値未満まで抑えこめば性行為によって他の人にHIVが感染することはない「U=U」が、令和の常識だ。ところがHIVウィルス測定の精度も上がってきたことで、新たな問題が生まれてきた。

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「U=U/検出されない=感染しない」

HIVウイルス測定機器
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まずは、令和の現在のHIVに関する常識を確認しておこう。

もし検査をしてHIV陽性だと分かった場合、日本では効果的な抗HIV治療を受けることができる。その治療によって血液中のHIV量を「Undetectable(検出限界値未満)」の状態で持続させることができれば「Untransmittable」といって、性行為によって他の人にHIVを感染させることはなくなる。これを「U=U」という。

つまり、HIVは「死に至る病気」ではなくなっただけではなく、人に感染させないようコントロールできる状態になっているということ。医学の進歩の素晴らしさを実感させられる。1980年代の「エイズ・パニック」の時代を知る世代にとっては、隔世の感があるだろう。

ところが進歩したのは研究や薬だけではなく、ウイルス測定の精度も大きく進歩している。

新しい研究によると、HIV感染者にウイルス量について説明する方法を考え直す時期にきているという。「U=U/検出されない=感染しない」というメッセージに対する混乱を引き起こしている可能性があるというのだ。

高すぎる精度が生み出す問題

HIVウイルス測定機器
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マイアミ大学ミラー医学部の研究者が執筆したHIV測定の精度に関する論文が『Open Forum Infectious Diseases』に掲載され、注目を集めている。

この論文は、ウイルス量が200コピー/ml以下であれば、HIV感染者に具体的な数値を伝えることは「有害な医療行為」であると結論づけている。

この結論を導き出した根拠は、ウイルス量を測定する検査の感度の変化にある。以前は200コピー/ml以下は「検出不能」とされていた。そして、200コピー/ml未満の人が他人にHIVウイルスを感染させたという記録はない。

200コピー/ml未満が「U=U」とされている状態だ。

HIV陽性と診断されたばかりの人は通常、投薬治療を受け、検出不能になればウイルスを感染させることはできないと知らされる。「U=U/検出されない=感染しない」は、本人にとってもパートナーにとっても心強いことであり、HIVにまつわる偏見を減らすのに役立ってきた。

しかし近年、ウイルス量検査の感度はますます高くなってきている。10コピー/mlという低いウイルス量を検出できるものもあるというのだ。

そのため、新たな混乱が生じている。

マイアミ大学ミラー医学部の研究では、HIVと診断されたある若い女性を例に挙げた。

彼女は、投薬を続ければ血液中のウイルス量は「検出不能」になり、性行為で人にウイルスを感染させることはなくなると告げられた。実際、投薬を続けたことで彼女の血液中のウイルス量は200コピー/ml未満を下回った。

先述のようにウイルス測定の精度が上昇したことで、彼女の測定結果は2年以上にわたり20コピー/mlレベル前後で推移した。

主治医は200コピー/ml未満を「検出不能」であると彼女に説明しているのだが、同時に20コピー/mlレベル前後の測定結果も伝えている。このことで、彼女は混乱してしまった。精度の高い測定結果を毎回伝えられることで、自分の血液中のウイルスが「検出不能」の状態であるとは認識できなくなってしまったのだ。

主治医からの保証にもかかわらず、彼女は自分の感染力のなさに懐疑的であり続け、HIV陽性だと診断されて以来避けてきた性的関係を再開することにも消極的になったままだった。

精度の高い測定値は害になるのか?

HIVウイルス測定機器
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この研究の著者らは、「現在は検出可能となっている200コピー/mL未満とみなされるウイルス量は、臨床的に意味のあるものであることを実証しておらず、患者や医療提供者の間に混乱と不信をもたらす可能性があるため、これらの値を報告することは、公衆衛生上のメッセージを含む有害な医療行為であると考える」と述べている。

そして、医療従事者はHIVウイルスの測定結果を伝える方法について考える必要があることを示唆している。

選択肢の一つは、HIVウイルスの測定結果の数値とともに、「性的感染のリスクはない」ことを毎回きちんと伝えることである。

もう一つの選択肢は、200コピー/mL未満の測定結果は自動的に「検出不能」とし、「正確な数値は伏せるが、必要であれば医療従事者のさらなる説明とともに開示できるようにする」というものである。

いずれにせよ、医療従事者には200コピー/ml未満は検出不可能とみなされ、感染のリスクはゼロであることを強調する必要があるとしている。

この論文は医療従事者に対して再考を求めるという趣旨のものだが、治療を受ける側として考えるべきことを最後にまとめておこう。

「U=U」が常識となった時代だとはいえ、HIV陽性だと言われれば衝撃を受ける人は多いだろうし、それによってネガティブな思考になってしまう場合もあると思う。精度が高い測定結果は、そんな状態の陽性者にとって決してプラスには受け取れないものかもしれない。

しかしこの先、どんなに精度が高い測定結果を伝えられたとしても、200コピー/mL未満は「Undetectable(検出限界値未満)」であるということを忘れないようにして、ネガティブな思考に囚われ続けないよう注意していきたい。

※参考記事:QUEERTY
※参考記事:HIVは治療をすればうつらない?解説「U=U」(JaNP+)

(冨田格)

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