リッキー・マーティン反撃開始!虚偽のセクハラ疑惑を告発した甥を提訴
この7月、リッキー・マーティンが実の甥との”不適切な関係”で告訴されたというニュースは、世界中に衝撃が走った。しかしその後、訴えは取り下げられ疑いは晴れたのだが、そこで終わりとはならないようだ。今度は、リッキー・マーティンが甥に対して2000万ドルの訴訟を起こした。
リッキー・マーティンとはどんな人物?
ご存知の方も多いだろうが、まずはリッキー・マーティンとはどういう人物なのかを簡単に説明しよう。
1984年、プエルトリコの人気ボーイズグループ「メヌード」の追加メンバーとしてデビュー。
1989年に「メヌード」を脱退、1991年にソロ・シンガーとして活動を再開する。1997年にフランスで「マリア」がヒット、1998年には「1988 FIFA ワールドカップ」のテーマソング「ザ・カップ・オブ・ライフ」で、世界的に知名度を上げる。
翌1999年、「リヴィン・ラ・ヴィダ・ロカ」が全米はじめ世界中で大ヒット。日本では郷ひろみが「GOLD FINGER’99」のタイトルでカバーバージョンをリリースした。
2008年、代理出産で誕生した双子の父親となり、2010年にゲイであることをカミングアウト。2016年には芸術家のジョワン・ヨセフと結婚し、現在は4人の子供とともに暮らしている。
リッキー・マーティンを襲った突然の嵐
公私共に幸せだったリッキー・マーティンだが、いきなり嵐に巻き込まれるような状況に陥った。
21歳の甥デニス・ヤディエル・サンチェスが、リッキーと7ヶ月交際したが「彼が別れを受け入れなかった」ためデニスをしつこく呼び出して、家の周囲を何度もうろついていることから、接近禁止命令を出すよう要求。
その裁判が7月21日より行われ、もしリッキーの罪が確定した場合はプエルトリコの法律により懲役が50年になると考えられている、と世界中に報じられた。
リッキーの代理人はこの訴えが全くの虚偽であると否定し、法廷で真実を明らかにするという声明を出した。
しかし、直前になって甥が訴えを取り下げたことで、リッキーへの疑いは晴れた。というのが、リッキーがいきなり巻き込まれた騒動の顛末。
リッキー・マーティンが明かした事件の顛末
一件落着と思いきや、この話はまだ続いていた。今度はリッキー・マーティンが甥に対して訴えを起こしたのだ。
PEOPLEが9月7日に公開した記事「Ricky Martin Sues Nephew Who Accused Him of Sexual Abuse for $20 Million(リッキー・マーティン、性的虐待を訴えた甥を2000万ドルで提訴)」では、今まで報じられていなかった騒動の背景が明らかにされている。
リッキーの訴状によると、妹の息子であるサンチェスは、リッキーが自分をSNSでフォローしないことに不満を抱いていた。さらに、リッキーの子どもたちのためのSNSページを作りたいというサンチェスの要求を「無視」したことに腹を立てたそうだ。
そこでサンチェスは、リッキーの電話番号をSNSで公開したために、番号の変更を余儀なくされた。さらに数カ月後、サンチェスはリッキーに対して性的暴行訴訟を起こし、接近禁止命令を求めた。
裁判官は当初、リッキーに対してサンチェスへの20日間の接近禁止の仮命令を与えた。7月4日、リッキーは7月21日に出廷するよう召喚された。
ところが7月5日、サンチェスはマーティンの弁護団に「接近禁止命令の要求を取り下げる代わりに、経済的利益を交渉しようとする目的で」電話をかけてきたという。
リッキーの弁護士による訴状には、”被告サンチェスは、原告に対する悪意と敵意に基づいて、彼の複数のメッセージに答えなかったという理由で、保護命令の要求を提出しました。経済的補償を受けない限り、虚偽かつ悪意のある非難によって、リッキーの評判と誠実さのイメージを壊滅させるキャンペーンを続けると原告を脅迫し強要しました “と記されている。
リッキーの弁護士は、サンチェスの虚偽の訴えのために、「現在および将来の複数のプロジェクト」が中止され、リッキーは数百万ドル規模の契約を失ったと述べているそうだ。
2000万ドルといえば、9月10日のレートで換算すると28億円超の大きな金額だ。一時的とはいえ、リッキー・マーティンのイメージに泥を塗った代償は巨大なものとなりそうだ。
Instagram:@ricky_martin
(冨田格)
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