サンドウィッチマンはなぜ「ベア系ゲイカップル」と思われたのか?

欧米のゲイの中で古くからある男のカテゴリー”BEAR(熊)”と、アジア圏でこの20年くらいで認知されてきた”ベア系”は、似て非なるもの。アジア圏での”ベア系”の典型的イメージであるサンドウィッチマンを例に、”ベア系”カテゴリーが浸透してきた流れをたどる。

はじまりはツイッター

サンドウィッチマン
JR東日本ポスターより

手前味噌になるのだが、6年前に筆者が投稿したツイートがバズった。その後、年に何度か立て続けにリツイートされ続け、6年経った現在でも同様の状況となっている。

ツイートした直後に反応したのは自分をフォローしてくれているゲイの方だったが、あっという間にノンケ男女に拡散して、どんどんリツィート数が増えていく様に正直戸惑っていた。しかし、その反応を見ていると、なぜこのツィートが一気に拡散したのかが分かって来た。

それは「ベア系ゲイカップル」というワードが、ノンケ男女にとって新鮮に感じたからのようだ。

ゲイのことを何も知らないノンケは、「ゲイは男なら誰でもいいんだろ?」と勘違いしている場合が多いが、それは全く違う。むしろ、ゲイほど好みのタイプにこだわりがあるセクシュアリティはないと言っても過言ではないほど、男の好みのカテゴリーは細分化され続けている。

もともと「G-men」というゲイ雑誌の編集をしており”ガッチリ以上のデカい男を愛でる”というカテゴリーの真ん中にいた自分にとってはごく当たり前に使った「ベア系」という言葉だったが、そんな言葉を聞いたこともないノンケにとっては、新鮮な驚きがあったのは事実だろう。

そこで、今回はアジア圏のゲイにおける「ベア系」というカテゴリーの定義と、そのカテゴリーが定着していった流れを振り返ることにする。

欧米の「BEAR」とアジアの「ベア系」の違い

サンドウィッチマン

欧米のゲイの間で「BEAR(熊)」というカテゴリーの歴史は古い。上に並べた画像は欧米の「BEAR」にターゲットを絞った雑誌の数々だ。

一般的に言われている「BEAR」の定義は

1) 豊かな体毛があること
2) 体は筋肉質からデブまで肉厚であること
3) 年齢は中年以降(40代以降が主流)

という感じで、体型や年齢には幅があるが、共通しているのは豊かな体毛があることだ。

人種的な特徴ゆえ、アジア人には体毛が少ない人が圧倒的に多い。そのため「BEAR」というカテゴリーは欧米のもの、と考えられていた。しかしこの20年くらいの間に、日本以外のアジア各地のゲイの中では好きなタイプを「ベア」と呼ぶ人が増えてきた。

ところが言葉が同じ「BEAR=ベア」でも、欧米の「BEAR」と、アジア圏での「ベア」は大きく異なる。下の画像は、台湾で2010年代に毎夏行われていた盛大なビーチパーティー「熊祭」の模様だ。

サンドウィッチマン

欧米の「BEAR」雑誌の表紙モデルと比べると、その違いは一目瞭然だ。アジア圏の「ベア」には、豊かな体毛は必須ではない。むしろ、日本における”ガチムチ”に代表される、筋肉の上に脂肪が適度に載った体型を「ベア」と呼んでいるようだ。

では、アジア圏において「ベア系」が浸透していった流れを振り返ってみよう。

アジアの「ベア」文化の流れの起源は日本にあり

サンドウィッチマン

アジア圏で「ベア系」が浸透していったことの源流は、実は日本にあったのだ。まずは平成の間に、日本のゲイの間で「ガチムチ/GMPD」というカテゴリーが定着していった過程を振り返る。

2016年2月発売号で休刊が発表されたゲイ雑誌「月刊G-men」が創刊したのは1995年4月のこと。筆者は創刊号から2014年初夏までこの雑誌の編集に携わっていた。

「ガチムチ/GMPD」が日本のゲイの好みのカテゴリーとして定着している今からは想像もつかないだろうが、1990年代中盤まではこの分野を指す言葉はなかった。当時のゲイの中での好みの体型カテゴリーはざっくりと下記の6種類のみ。

・ スリム
・ 中肉中背
・ スポーツマン体型
・ マッチョ(ビルダー)
・ ガッチリ
・ デブ

※「スポーツマン体型」は非常に曖昧だが、運動をしていてバランスのとれた体つきを指していた。

ところが困ったことに、筆者の好みのタイプは、この6種類のどこにも当てはまらない。昭和の終わりごろからゲイ活動を始めた頃に「好きな体型は?」と尋ねられると、こんな答え方をしていたものだ。

「ラグビーのフォワードや柔道をやっていたような人が、運動やめて筋肉の上にしっかり脂肪が載った感じ」

当時常識だった上記の6つのカテゴリーで正確に表すなら、「ガッチリ」以上「デブ」未満”というところだろうが、それを的確に表す言葉は存在せず、「デブ専」と呼ばれていた。しかし、「同じデブでも、体育会系デブと文化系デブではまったく違うのに!」と忸怩たる思いを抱えていた。

G-men創刊から2年ほど経った時に、まさに筆者の好みのド真ん中の現役体育会ノンケ大学生がモデルに応募してきた。現役アメフト部で全身が太く筋肉の上にしっかり脂肪の載った体つき、そして顔は少年っぽさも残る童顔の美形。

「腹が出ているモデルはNG」という創刊当初のポリシーに頑にこだわる編集長を説得して、この大学生のグラビアを撮影することになった。好みのド真ん中のモデルの撮影なので、いつも以上に熱が入るのは当然のこと。編集者の思いが伝わったのか、本来太めには反応しないカメラマン氏もノってくれて、モデル君のチャームが伝わる魅力的なグラビアが完成した。

それを見た当時の社長が

「このモデルは、今までのゲイ雑誌にはいないタイプだし、こういう感じを好きな人は少なくないと思うから、この体型の呼び方を決めてコーナー作ったら受けるんじゃない?」

と言われて浮かんだのが、「スーパーガッチリ」という言葉だった。これは、筆者の好みのタイプの説明した新宿2丁目のあるマスターが、

「そういうのはガッチリ以上だから”スーパーガッチリ”でいいじゃない」

と言われたことが記憶に残っていたのだ。

そこで件のモデルのグラビアを掲載する号から”体育会系デブを愛でる”という目的の「SGC〜スーパーガッチリクラブ〜」という連載を始めたところ、この「SG(スーパーガッチリ)」という略称が予想もしなかった勢いで拡散していった。それは筆者と同じく、体育会系デブを好む読者は少なくないうえに、好みのカテゴリーを指す言葉へのニーズが高かったゆえだと思う。

ある程度、日本のゲイシーンに広まった「SG」という言葉だが、数年後に某ビデオメーカーがビデオのタイトルにつけた「ガチムチ」という言葉にとって代わっていった。たしかに「ガチムチ」という言葉は、体型のイメージがしやすいのでカテゴリーとして定着するのは当然だ。

言葉が定着することで、”体育会系デブ”を好む人や、そういう体型になろうと努力する人も増殖していった。

後に”ガチムチ”も含む大柄な男をまとめて「GMPD」と呼称することも増えきた。

※GMPD……ガッチリ、むっちり、ぽっちゃり、デブ、ガチムチ、ガチデブなど、ガッチリ以上の大柄な男を指す形容詞の頭文字を集めたもの。

1990年代中盤までには存在していなかったこのカテゴリーも、現在では日本のゲイの中でも一定の存在感を有するものになった。

アジア圏で”ベア系”が浸透した流れ

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香港 イメージ画像

1990年代中盤までのアジアの状況も、当時の日本と同じく「ベア系・ガチムチ」というカテゴリーは存在していなかった。

2010年代には台湾がアジアのゲイシーンの中でも注目されるようになってきたが、1990年代当時は、タイと香港のゲイシーンがアジアの中では存在感を示していた。当時のタイも香港も、欧米のゲイシーンを基準としていた。

欧米人がリゾートとして遊びに行くタイでは、欧米人とタイ人、というカップリングが当然だったので、欧米人が好むエキゾチックで少年っぽい雰囲気のタイ人がゲイの代表的な存在。また中国に返還前の香港はイギリス領だったので、こちらも欧米人の好む均整のとれたスマートな雰囲気の香港人がゲイの代表的な存在だった。

日本で「SG」という言葉が広まり始めた時期でも、「アジアの他の国では体育会系デブのゲイなんていない」とまで言われていたものだ。ところが、1990年代の終わりに初めて香港に行った時に、事実は違うという事を目の当たりにした。

香港には、香港島と九龍半島の2つのエリアがあり、それぞれの雰囲気はかなり異なっている。

東京で喩えるなら、香港島とそこに面した半島の先端は六本木や渋谷、代官山のような洗練された雰囲気で、半島の奥の方は上野や浅草という下町の庶民的なイメージだ。

かつての香港のゲイシーンは、香港島と九龍半島の先端に欧米人とスマートな香港人が集まるゲイバーやサウナなどがあるだけだった。ところが1990年代後半になると半島の少し奥の方(油麻地駅、旺角駅周辺)に大柄なタイプが集まるバーとサウナができ、どちらもそこそこ盛況となっていた。

香港には雑誌の取材で訪れたので、大柄なタイプが集まる店の人に話を聞くことができた。

「香港にも昔から体育会系デブという体型のゲイはいたのだけれども、ゲイバーやサウナに行ってもまったく相手にされないので表に出てくることがなかった。しかしG-menや日本製の太め系ゲイAVの人気が高まるに連れ市場があることが分かったので、それまで香港にはなかった大柄な男中心のバーとサウナをオープンさせた」

さらに、その店の人は「台湾にも同じようなタイプが結構いて、そこでもG-menは人気がある」と言う情報も教えてくれた。その人は台湾で購入したというG-menに掲載したイラストがプリントされた(もちろん無許可で)ローソクを見せてくれた。

そこにプリントされていたのが、この越後屋辰之進というイラストレーターの作品だ。アジア、特に中華系のゲイにとってはワイルドよりも可愛い系の方が受けがいい、ということをこのとき初めて学んだ。

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画:越後屋辰之進

考えてみれば、90年代中盤までの日本も男の「美」の基準はゲイの先進国である欧米を手本にしていまた。つまり、スリムな美少年とかマッチョがヒエラルキーの最上位にいたということだ。

筋肉の上に脂肪が載った、喩えるなら「ずんぐりむっくり」したアジア人に多い体つき(しかも短足)を「美」とする概念は、欧米にはあり得なくて当然。欧米のゲイ雑誌でも、体育会系デブを取り上げたものなど見たことがなかった。当時の台湾・台北のゲイシーンにでも、中心にいるのは華流スターのような均整のとれた体型の青年であり、体育会系デブの出る幕などなかった。

しかし、それから十数年で状況はがらりと変わる。

アジア圏の「ベア系ゲイ」を定義する

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2014年10月「台北同士遊行」会場で撮影したアジアのベア系ゲイ(撮影:kit)

2010年代には、毎年秋に台北で開催するプライドパレード「台北同士遊行」にアジア各地から性的少数者の当事者が10万人以上も押し寄せるようになった。そして、その時期、台北の街にはガチムチ・体育会デブのゲイも多数見かけることができる。

2010年秋の「台北同士遊行」前夜にあったガチムチが集まるゲイのクラブイベントで、100人以上の中華系ゲイにインタビューする機会を得した。そこで「好みのタイプ」を尋ねたところ「ベア」を挙げる人が非常に多かった。詳しく聞くと彼らの言う「ベア」は体毛豊かな欧米の「BEAR」ではなく、日本で言う「ガチムチ・GMPD」のことだと分かった。

アジア圏での「ベア」はこのような定義ということだ。

1) 体毛の有無は問わない
2) 体は筋肉質からデブまで肉厚であること
3) 年齢は20代から
4) ワイルドよりも可愛い雰囲気であること

サンドウィッチマン
JR東日本ポスター

高校時代はラグビー部に所属した大柄で、年と共に脂肪も載った体つきとなってきたサンドウィッチマンの2人。

「仕事で人殺しそうな方と、趣味で人殺しそうな方」などと評される一般的には強面でありながらも、ガチムチ・体育会デブが好きなゲイから見ると可愛い顔立ちとしか思えない2人が、パステルカラーのコートを羽織って楽しそうに旅行しているポスターを見た台湾人が

「これはベア系ゲイカップルか」

と判断するのも、当然といえば当然のことだろう。

ちなみに日本語ができない台湾人の彼と、中国語ができない筆者の意思の疎通はカタコトの英語。「ベア系ゲイカップルの旅行ポスターが駅に氾濫している日本は、なんてオープンな国なんだ」と言われても、

「彼らは東北大震災の被害に遭った東北出身のコメディアンで、だからJR東日本のキャンペーンに起用されているんだよ。また同じ高校のラグビー部に所属していて、その頃からの長い付き合いだからこその仲の良さが写真に現れているよね」

という説明を筆者のおぼつかない英語力で説明するのは不可能なこと。それゆえ、

「そうだね〜」

と曖昧な笑顔で答えてお茶を濁したのだった。

サンドウィッチマン:https://grapecom.jp/talent_writer/sandwichman/

(冨田格)

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