サブスク配信でゲイ映画「影裏」理解することを放棄して作ったとしか思えない無惨な作品
Netflix、Amazon Prime、Disney+、Hulu、U-Nextなど、サブスクリプション配信で映画やドラマを楽しめるプラットフォームは増える一方。
そのおかげで、日本で見られる映画やドラマの数は一挙に増加。そんな配信で見られるコンテンツの中から、ゲイが主役または重要な役割を担う作品を連続紹介する連載コラム。
第五回「影裏」
第157回芥川賞を受賞した沼田真佑の小説「影裏(えいり)」を、綾野剛・松田龍平主演で映画化した作品。Netflix、U-NEXT、dTVでサブスク配信中。
目次
・この映画を50文字以内で表してみる
・ネタバレほぼなしの作品解説
・物語
・クレジット
・ネタバレありの率直感想
この映画を50文字以内で表してみる
繊細な表現で読者の解釈に委ねていく小説を、繊細さ皆無で映画化すると無惨な作品が仕上がるという好例。(49文字)
ネタバレほぼなしの作品解説
第157回芥川賞を受賞した沼田真佑の小説「影裏(えいり)」を、綾野剛と松田龍平の共演で映画化したヒューマンミステリー。
原作小説は、作者が住む盛岡を舞台に、見知らぬ土地で唯一人心を許した友との出会いと別れ、いなくなった友の本当の姿を探しながら、主人公自身が喪失と向き合い再生していく物語。
この小説を、「るろうに剣心」「3月のライオン」の大友啓史監督が出身地である岩手県を舞台に描いた。脚本は「愛がなんだ」の澤井香織が担当。
綾野剛と松田龍平に加え、國村隼、筒井真理子、中村倫也、永島暎子、安田顕など実力派の役者陣が脇を固める。
縁もゆかりもない地方に赴任してきたゲイの主人公が感じる孤独感、そして密かに恋する同僚と交わす友情、その同僚が見せる不可解な行動、そして東北大震災を契機に知っていく同僚の別の顔。
クローゼットなゲイの人間ドラマの面もあり、友人の知らなかった姿が暴かれていくミステリアスな面もある。
物語
転勤で岩手に移り住んだ今野は、慣れない土地で出会った同僚の日浅に心を許し、次第に距離を縮めていく。
2人で酒を酌み交わし、釣りをし、遅れてやってきたかのような成熟した青春の日々に、今野は心地よさを感じていた。しかし、ある日突然、日浅は何も言わずに会社を辞めてしまう。しばらくして再会を果たした2人だったが、一度開いた距離が再び縮まることはなかった。
今野には和哉という元カレがいた。和哉は性別適合手術を受けて今は女性として生きている。久しぶりに和哉と再会する今野は、現在の状況に対する心の整理がつけられていないようだった。
そして東北大震災が岩手を襲う。震災の片付けをしながら業務を進める今野に、パートの西山が日浅について相談をもちかけてくる。震災後、日浅が行方不明になっているというのだ。
今野は、日浅の消息を捜していくが、それまで知らなかった日浅の持つ別の顔と向き合うことになる。
★小説「影裏」の解説はこちら
小説「影裏」をゲイ視点で分析「ノンケに片想いするゲイの独り相撲なのか」
クレジット
監督:大友啓史
原作:沼田真佑
脚本:澤井香織
出演:綾野剛、松田龍平、筒井真理子、中村倫也、他
配給:ソニー・ミュージックエンタテインメント
2020年/日本/134分
Netflix:https://onl.la/yb8yHi5
U-NEXT:https://onl.la/fqNRrG6
【警告】
ここから先は、かなりのネタバレ注意です。
あらかじめご了承ください。
ネタバレありの率直感想
芥川賞を受賞した原作小説は、1時間もかからず読了できてしまう中編小説でありながら、映画の尺が2時間超ということに、嫌な予感がしたのだが、見事に的中。
なんとも間延びをした描写の連続で、結局何を描きたかったのかさっぱり分からないという印象が残った。原作自体が、説明不足ぎみであるのは事実だが、2時間もかけるのであれば原作では説明されていない部分を膨らませたうえで、映画ならではの解釈を見せてほしかった。
実のところ脚本家も監督も、ゲイはもちろんのこと原作小説すらまったく理解しないまま、もしくは理解する気もなく、表面上の上澄みだけ掬ってそれっぽく見せることに終始したようにしか感じられない。
本質を理解しないまま作る映画でも集客をせねばならないので、役者のファン受けを狙ってか綾野剛の裸は過剰なまでに映し出される。綾野剛ファンにとっては、その一点だけでも見る価値はありそうだと思えるほど、執拗に登場する。
原作小説ではメールと電話でやりとりするだけの、主人公・今野の元カレで性別適合手術を受けた副島和哉。中村倫也が演じる和哉を、映画では登場させて今野と再会する場面を作る。この改変は、中村倫也ファンのために女装姿を見せたかったとしか思えない無意味な場面。
ゲイの今野にとって、元カレと(性同一性障がいだと告白されたことで)気まずい別れをした、という描写は、原作小説ではかなり重要な要素の一つ。なぜなら、その描写までは今野がゲイであることは一切触れられていないからだ。
ところが、そんな繊細な描写をする気もないのか映画では昔付き合っていた男女が再会したかのように描いて終わってしまうので、原作未読かつトランスジェンダーとは何か、ゲイとトランスジェンダーはどう違うのか、ということを理解していない、おそらく大半の観客にとっては、副島和哉の存在が意味不明に思えてしまったはずだ。
副島とのエピソードで今野のセクシュアリティを観客に理解させるための繊細な描写を放棄した脚本家と監督は、今野が、松田龍平演じる日浅の唇をいきなり奪ってのしかかり拒絶される、というなんとも分かりやすいが、どうにも陳腐な場面を挿入することという力技に出てしまう。
原作ではそんな描写は一切ないし、煮え切らない今野の性格からしても、欲情したノンケ男が女性に襲いかかるような衝動的な行為に及ぶとはとても思えない。
流行っているから性的少数者のことをテーマにした映画を作ろうと企画されたのかもしれないが、本質を理解しないまま進めてしまうと、いかに無惨な仕上がりになるのか、という典型的な例になってしまった。
とはいえ、性的少数者のことをそこまで本質的に理解しろ、というのも無理な要求かもしれんと心の中の憤りを抑えつつ、原作小説における肝であるラストのパート、東北大震災で消息を絶った日浅のことを心配した今野が日浅の父と会う場面に期待をかける。
原作ではこの場面で日浅の父から、「日浅が大学に通わないまま卒業証書を偽造して嘘をついていた」ことと「子供の頃から日浅が見せていた特異な人格」に関することを聞かされる。
特に後者の日浅の特異な人格を理解すると、今野に対する行動や、職場のパート女性・西山に対する行動の理由が見えてくる、はずだったのが、原作小説でも理解しづらい後者を描くためには非常に繊細な描写が必要になる。
後者には一切触れることなく、「大学に通わないまま卒業証書を偽造して嘘をついていた」話だけで終わってしまった。
困難な場面を描くことから敵前逃亡したのか、と憤りが復活してきたところで、原作では登場しない日浅の兄と今野が話をする場面が映し出された。なるほど、日浅の特異な人格は兄の口から語らせるのか、と思いきや、兄もまた「大学に通わないまま卒業証書を偽造して嘘をついていた」を述べるばかり。
要するに原作にはない兄が登場したのは、2時間以上の尺にするための策でしかなかったようで、これもまったく意味のない場面となってしまった。
原作小説を好きな人が見たら腹がたつだろうし、ゲイ映画を期待して見ても腹がたちそうだが、綾野剛が大好きで彼の裸が見られればそれだけで満足という人や、中村倫也の女装姿に萌える人は見ても損はない一本。
「影裏」は2022年5月5日現在、Netflix、U-NEXT、dTVでサブスク配信中。Amazonプライムほかでは課金で鑑賞可能。
(冨田格)