サブスク配信でゲイ映画「後悔なんてしない」愛は貧富の差を超えられるのか?
Netflix、Amazon Prime、Disney+、Hulu、U-Nextなど、サブスクリプション配信で映画やドラマを楽しめるプラットフォームは増える一方。
そのおかげで、日本で見られる映画やドラマの数は一挙に増加。そんな配信で見られるコンテンツの中から、ゲイが主役または重要な役割を担う作品を連続紹介する連載コラム。
アマゾンプライム、U-NEXT、WATCHAでサブスク配信中の、「後悔なんてしない」を解説する。
第九回「後悔なんてしない」
2006年公開の韓国ゲイ映画「後悔なんてしない」、公開当時はかなりスキャンダラスな作品として注目された。アマゾンプライム、U-NEXT、WATCHAでサブスク配信中。
目次
・この映画を50文字以内で表してみる
・ネタバレほぼなしの作品解説
・物語
・クレジット
・ネタバレありの率直感想
この映画を50文字以内で表してみる
ぐだぐだ感や素人くさい演出にも目を瞑る価値があるほどに、この映画で輝きを放つイ・ヨンフンは魅力的。(49文字)
ネタバレほぼなしの作品解説
韓国で初めてゲイであることをカミングアウトした人権活動家でもあるイソン・ヒイル監督が2006年に公開したゲイ映画。
今よりもはるかにゲイがタブーとして扱われていた2000年代の韓国で、正面からゲイを描いた映画はさまざまな波紋を呼んだ。特に、韓国における貧富の差や、貧困層の男たちが男相手に体を売る、いわゆる「ウリセン」バーの実態を描くなど、意欲的な描写が多い。
日本では2007年にアジアン・クィア映画祭で初上映。翌2008年に劇場公開が決まり、それに先駆けて「第17回東京国際レズビアン&ゲイ映画祭(現・レインボーリール東京)」で特別上映された。
ジェミンを演じたキム・ナムギル(当時の芸名はイ・ハン)は、この作品の後にドラマ「善徳女王」でブレイクを果たす。その後はドラマ「赤と黒」「医心伝心」「熱血司祭」、映画「パイレーツ」「ワン・デイ 悲しみが消えるまで」など主演作も多数。映画最新作は、コロナ禍で公開延期となっている「非常宣言」。
スミンを演じたイ・ヨンフンは、映画を中心に活躍、除隊後の初作品として「後悔なんてしない」に出演。その後も数本の映画に出演する。
物語
地方の孤児院で育ったスミンは、ソウルで昼は工場で働き、夜は運転代行のバイトをしながら、WEBデザイナーの専門学校で学んでいる。
孤児院の頃に先輩と付き合っていたが、先輩は口が軽くそのことを周囲に話してしまったので、同じ孤児院出身の仲間はスミンのセクシュアリティを知っている。
ある夜、運転代行でバーに呼び出されたスミンは、泥酔した裕福な青年ジェミンと出会う。最初は横柄な態度をとるジェミンだったが、後部座席からフロントミラーを通して見るスミンに好意を覚え、部屋で飲んでいかないか、と誘う。
スミンはやんわりと断るが、悪い気はしていないという表情を見せる。
スミンの工場で大規模なリストラが行われることになり、スミンも解雇されることが決まる。理不尽な扱いに憤るスミンは、初めて副社長とすれ違うのだが、その男はジェミンだった。状況を理解したジェミンはスミンの解雇を取りやめるよう指示するが、富裕層と貧困層という身分の違いに怒るスミンはジェミンの好意を跳ねつけて退職する。
先輩を頼りレストランの下働きをするスミンだが仕事がうまく行かず、経済的に窮地に陥り、先輩に紹介された「ウリセン」で男相手のホストとして働き始める。
ジェミンは親の決めた婚約者との挙式を目前に控えているにも関わらず、スミンのことを忘れられず、スミンの元同僚で孤児院仲間を問い詰めて「ウリセン」で働くスミンの前に現れるのだが。
クレジット
監督・脚本:イソン・ヒイル
出演:キム・ナムギル(イ・ハン)、イ・ヨンフン、他
配給:ツイン
2006年/韓国/114分
アマゾンプライム:https://amzn.to/3Mh3A3X
U-NEXT:https://onl.sc/MeWj5Xm
WATCHA:https://watcha.com/lp_popular/index.html
【警告】
ここから先は、かなりのネタバレ注意です。
あらかじめご了承ください。
ネタバレありの率直感想
日本で言うならセンター試験である「大学修能試験」の日の大騒ぎがよく報道されていたように、韓国はかなりの学歴社会であることは知られている。そして、富裕層と一般庶民の間には大きな格差があることも有名だ。
韓国のドラマではこの貧富の差にフォーカスして、一般庶民であるヒロインと、財閥のお坊ちゃんとの貧富や身分を超えた恋愛模様を描くことは珍しくない。
映画「後悔なんてしない」は、まさにこの韓国ドラマの文法をゲイに置き換えた物語だ。
ドラマの一般庶民のヒロインなら、キムチを作ったり、厨房でパスタを作ったり、男装してコーヒーショップで働いたりするものだが、ゲイの場合はそうはいかない。孤児院出身で大学にも行けなかったミソンが、工場を解雇された後にたどり着いたのは「ウリセン」バーだった。
この映画で特に興味深いのは、韓国のゲイ風俗をきっちり描いていることだ。ソウルの「ウリセン」バーは、カラオケボックスのような個室に客が入ると、そこにボーイがずらりと現れる。好みのボーイを指名したら、酒とカラオケとセクシーなサービスで客を楽しませ、さらに「アフター」の店外デートにつなげて稼ぐというシステムだ。
筆者が2010年に初めてソウルを訪ねた時には、ゲイバーやクラブ、ハッテン場も数多くあり、一見、日本のゲイシーンと変わらないと感じた。しかし、ソウルのゲイの人に話を聞くと、オープンなのは店の中やゲイバーが集まる一部のエリアだけで、家族や職場には秘密にしているクローゼットが大半だということだった。
この映画の公開は2006年なので、ここまでゲイ風俗や、男同士の性的場面の丹念な描写が、色々な意味で話題を呼んだであろうことは想像に難くない。また、出演した役者にとっても、この映画でゲイを演じるのは、かなりリスキーな選択だったと思われる。
イ・ハンという名前でクレジットされているキム・ナムギルは後にブレイクしてスターへの道を歩んでいくのだが、イ・ヨンフンはチャンスを掴むことができず役者としてはブレイクできないで終わってしまった。
非常に対照的なキャリアの2人だが、この映画において強烈な印象を残すにはイ・ヨンフンだ。彼にとっては除隊後初の映画出演ということもあり、孤児院出身で頼る人もいない都会で必死で生きるハングリーな役柄に説得力をもたせる精悍な男っぽさが際立つ。
イ・ヨンフンは本来、童顔の甘いマスクなのだが、軍隊で身についたと思われる精悍な雰囲気が加わることでかなり多くのゲイにとって好ましいと感じる、つまりモテ要素が強いキャラクターとなっている。しかも、しなやかでナチュラルな筋肉質の裸体を晒しまくるので、映画を見ながら彼の虜になってしまうのは、筆者だけではないはずだ。絶対に。
イ・ヨンフン演じる一般庶民のゲイであるスミンは、キム・ナムギル演じる富裕層のボンボンであるジェミンと紆余曲折ありながら結ばれる。そんな幸せの絶頂のはずのシーンなのに、このままハッピーエンドに向かうとは思えないほど「不幸フラグ」が立ちまくっている。これが、当時の韓国におけるゲイの実像なのだろう。
ここから一挙にクライマックスへと突入していくのだが、映画の前半からなんとなく感じていた印象がラストに向けて強烈になっていく。それは、「この監督、演出や編集が下手なのでは?」ということだ。
映画の前半から、肝心な部分の映像がなく唐突にぶつ切りになるような印象を受ける箇所がいくつかあり、プロの仕事っぽくないなと思っていたのだが、クライマックスからラストに向けてのぐだぐだな展開でその印象は確信に変わった。
特に、どう終わっていいのか分からなかったのでは? と疑ってしまうほど蛇足に蛇足を重ねた結果のラストシーンは意味不明。スミンとジェミンの2人に感情移入して見ていた観客を、突き放してしまう終わり方になってしまったのは残念だ。
個人的には、それより少し前の初雪が二人に降り注いでくる場面で終わった方が、その後の展開を観客に委ねる余韻があってよかったのではないかと感じた。「初雪が降った日に好きな人と一緒にいると、その恋がかなう」という韓国の恋のジンクスもあることだし。
しかし、そんなラストのぐだぐだ感にも目を瞑りたくなるほど、イ・ヨンフンが魅力的。彼の演技と男っぽい雰囲気と、しなやかな肉体を堪能する目的だけでも、この映画は見る価値がある。
(冨田格)