男を愛した黒人ボクサーを描くMET新作『チャンピオン』のセクシーな主役
「オペラなんてまったく興味ないんですけど」というゲイ・バイ男性も思わずガン見してしまいそうな、逞しい男が上裸でゲイのボクサーを演じるニューヨーク・メトロポリタン歌劇場(MET・メト)の新作『チャンピオン』を紹介する。
テレンス・ブランチャードの新作オペラ
「俺は男を殺した、世界は俺を許した」
「俺は男を愛した、世界は俺を殺したがる」
対戦相手にゲイであることをからかわれ試合中に殺してしまった実在の黒人ボクサー”エミール・グリフィス”の苦悩と贖罪の人生を描いたヒューマンドラマが、ニューヨーク・メトロポリタン歌劇場の新作『チャンピオン』だ。
スパイク・リー作品など多数の映画音楽を手掛け、アカデミー作曲賞に2度ノミネートされたジャズと映画音楽の大御所テレンス・ブランチャードが手掛けたこの新作オペラは、2023年4月29日に上演された。
実在の黒人ボクサー”エミール・グリフィス”
アメリカ領ヴァージン諸島出身のプロボクサーで、元世界2階級制覇王者。19歳の時にニューヨークに出てきて、帽子職人の見習いをしながらボクサーの道に進む。
1962年の世界ウェルター級タイトルマッチで、元王者でライバルのベニー・“キッド”・パレットと対戦。試合前にパレットがグリフィスに対してゲイであることを挑発したことで、グリフィスが猛攻。パレットが昏睡状態となり10日後に死亡した。
この事件を「パレット事件」と言い、当時大きな問題となった。グリフィスはその後も多くの名勝負を行ったが、のちにその苦悩を告白。晩年にバイセクシャルであることを公表し、2013年に没。
ボクサー役に説得力を持たせる肉体
『チャンピオン』で主人公のグリフィスを演じるライアン・スピード・グリーンは、ボクサーの役に説得力を持たせるだけの逞しい肉体の持ち主。
低所得住宅に住む貧しい家庭で育ったグリーンは、12歳の時に母と弟を刺すと脅したことで少年院に入れられた。更生後は声の良さを認められ合唱団に入団。その後オペラと出会い本格的にオペラ歌手を目指して努力を重ねた。
『チャンピオン』では主役に抜擢され、エリック・オーウェンズやラトニア・ムーアなど現代を代表するアフロアメリカン歌手たちとの共演が実現した。
この公演の指揮はMETの音楽監督である、ガッチビ・ゲイのヤニック・ネゼ=セガンが担当した。
オペラに対する概念が大きく変わりそうな『チャンピオン』、いつか日本公演が実現することを期待したい。なお東京・東銀座の東劇では6月29日(木)まで、『チャンピオン』を「METライブビューイング」で上映中。大スクリーンで見るオペラも、また楽しそうだ。
テレンス・ブランチャード 《チャンピオン》 MET初演
指揮:ヤニック・ネゼ=セガン
演出:ジェイムズ・ロビンソン
出演:ライアン・スピード・グリーン、エリック・オーウェンズ、ラトニア・ムーアほか
上映予定時間:3時間10分(休憩1回)■あらすじ
1950年代後半、才能あるボクサーとして頭角を現したエミール・グリフィスは、ゲイであるという秘密を抱えていた。王者ベニー・”キッド”・パレットと対戦したエミールは、ゲイであることを隠語でからかわれ、試合でパレットを打ちのめして死なせてしまう。エミールはその後、名声をほしいままにするが、パレットの死は彼を悩ませ続けた。彼は結婚を試みるが失敗。70歳を超え、ボクサー生活の後遺症で認知症に悩まされるエミールは、パレットの子供に許しを乞おうと…。
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写真(c)Zenith Richards/Metropolitan Opera、(c)Ken Howard/Metropolitan Opera、(c)Ken Howard/Metropolitan Opera、(c)Jonathan Tichler/Metropolitan Opera
(冨田格)
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