世界初のカミングアウト金メダリスト”マシュー・ミッチャム”が殿堂入り!

オーストラリアの飛び込み選手で、世界で最初にゲイであることをカミングアウトした五輪金メダリストのマシュー・ミッチャム。彼の輝かしい歴史に新たな一頁が書き加えられた。このたび、国際水泳殿堂入りが発表された。

その偉業は永遠に評価され続ける

マシュー・ミッチャム
マシュー・ミッチャム 画像引用元:Instagram

1988年3月、オーストラリアのブリスベンで生まれたマシュー・ミッチャムは、最初はトランポリン競技に打ち込んでいたが、その才能を見出され飛び込み競技のトレーニングを並行して受けるようになる。

以来、数々の記録を打ち立てていくのだが、マシューの偉業は競技の成績だけではない。

2008年、北京五輪の有力選手として「シドニー・モーニング・ヘラルドトリビューン」の取材を受けている時に、自分がゲイであることをカミングアウトした。その後、五輪期間中にはアメリカのゲイ雑誌「ADOCATE(アドヴォケイト)」の表紙に登場。さらに五輪後にはオーストラリアのゲイ雑誌「DNA」の表紙を飾った。

2020年にはパートナーのルーク・ラザフォード氏とベルギーで挙式を挙げたミッチャムは、今年の夏、米国フロリダ州フォートローダーデールの「国際水泳殿堂」入りを授与された。

「国際水泳殿堂」は民間が運営する水泳の歴史博物館及び殿堂。米国及び世界中の水泳の歴史を研究する中心的役割を果たしている。日本の水泳選手では、小谷実可子、鈴木大地なども殿堂入りしている。

輝かしい一頁が書き加えられたマシューの人生のトピックを振り返ってみる。

競技復帰、カミングアウトからの金メダル

■2008年 競技に復帰しオーストラリアのトップに

2006年に一旦競技から離れたが、2008年に競技ダイビングに復帰。同年のオーストラリア選手権では、1m、3m、10mの個人種目で優勝した。

■カミングアウト後に完璧なダイビングを披露

「シドニー・モーニング・ヘラルドトリビューン」の取材で、当時付き合っていた恋人と同棲していることを話した。その後に受けたBBCの取材では「カミングアウトの反響は素晴らしく、この巨大で色彩豊かな世界的コミュニティを得ることができた。正直言って、今までで最高の決断だった」と語った。

カミングアウトの騒ぎの後、北京五輪の10mで、五輪史上最高得点で金メダルを獲得。ゲイであることを公表した最初のオリンピック金メダリストとなったミッチャムは、北京五輪をこう振り返る。

「中国では”8”はラッキーナンバーで、北京五輪では飛び込み競技で8個すべての金メダルを獲得することを中国チームは望んでいました。世界最高のダイバーたちの母国大会で、私だけがそのダイバーたちを倒し、中国が8個目の金メダルを獲得するのを阻止したことは、今でも特別に信じられない偉業のように感じています」

同性婚挙式で幸せの絶頂へ

■2010年 コモンウェルスゲームズでも大活躍

北京五輪後の2010年コモンウェルスゲームズでは4つの銀メダルを獲得。この大会では、後にカミングアウトする英国のトム・デイリーに、得意種目の10m台で敗れたことで悔しさを味わったかもしれない。

しかし、カミングアウトしたミッチャムの成功の軌跡は、トム・デイリーはじめ多くのゲイのアスリートたちがカミングアウトする決意を後押ししたことは間違いないだろう。

2020年 同性婚挙式で輝く笑顔を見せる

2020年、ミッチャムはイギリス人のマッサージ・セラピストであるルーク・ラザフォードとベルギーで同性婚挙式を挙げた。輝くような笑顔が溢れる彼らのインスタグラムの投稿には、ロマンスから遠ざかっているゲイの色褪せた心にも、温かさを届けてくれるような幸福感が満ちている。

ミッチャムは挙式の感想をデイリー・テレグラフ紙にこう語った。

「全体がとても美しかったです。僕は式の間中ずっと泣いていました。あの時を、私たちの人生で忘れられない瞬間にしてくれた皆さん、本当にありがとうございました。新しいミッチャムとして生きることをとても誇りに思っています。幸せです」

さまざまな競技で活躍するアスリートたちが続々とカミングアウトする近年だが、10年以上前にカミングアウトして、その後に大活躍することで批判の嵐を起こさせなかったミッチャムの功績は偉大だと、改めて思わされた。

公益財団法人 国際水泳殿堂・アジア

参考記事:QUEERTY

(冨田格)

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