サブスク配信でゲイ映画「ゴッズ・オウン・カントリー」視点を変えると異なった物語が見えてくる
Netflix、Amazon Prime、Disney+、Hulu、U-Nextなど、サブスクリプション配信で映画やドラマを楽しめるプラットフォームは増える一方。
そのおかげで、日本で見られる映画やドラマの数は一挙に増加。そんな配信で見られるコンテンツの中から、ゲイが主役または重要な役割を担う作品を連続紹介する連載コラム。
第二回「ゴッズ・オウン・カントリー」
Netflixで5月1日より、ついにサブスク解禁となった「ゴッズオウンカントリー」の魅力を解説する。
目次
・この映画を50文字以内で表してみる
・ネタバレほぼなしの作品解説
・物語
・クレジット
・ネタバレありの率直感想
この映画を50文字以内で表してみる
男を性欲の捌け口としか見ていない粗暴な男子に性と恋の手解きをして大人の男へと成長させる年上彼氏の物語(50文字)
ネタバレほぼなしの作品解説
■ゲイがそこまでタブーじゃなくなった時代のゲイ映画
イギリスの農場を舞台にしたゲイ映画が作られる、という情報が流れたのが2016年。そして2017年に公開が決まり本国の予告編がYoutubeで見られるようになり、日本ではいつ公開されるのだろう、と期待するも、まったくその気配もなかった。
翌年夏に、「レインボーリール東京~東京国際レズビアン&ゲイ映画祭」で2回上映が決定。いずれも超満員の大盛況となる。
同年12月、新宿と大阪で計5回限りの上映が行われ、これもすべて満席になるという結果を受け、2019年2月に、ようやく劇場公開にたどりついたいわくつきの作品。
監督・脚本のフランシス・リーは、この作品が長編映画デビュー作。高い評価を得て、興行的にも成功したことで、2020年には2本目の作品「アンモナイトの目覚め」を公開。
「自分が見たい映画がない」という不満から映画監督を目指した監督。農場育ちでゲイであるフランシス・リー監督にとって、「ゴッズ・オウン・カントリー」はまさに「自分が見たい」要素を注ぎ込んだ作品なのだろう。
スチール写真からは粗野で荒々しい雰囲気を覚えるかもしれないが、農場での仕事と、主人公と家族の関係、そして男同士の感情を丹念かつとても繊細に描いていく。2人の男の間の表情、視線、距離のとり方が変化していく様子の描き方は見事。
男同士の恋愛という主軸とは別に、親の介護や地方で家業を継ぐ青年の将来への不安、そして欧州における東欧移民の問題など、多くの人が共感したり、興味を抱く側面ももっている。
特筆すべきは、見るからに保守的な田舎を舞台にしていながら、「ゲイ=タブー」ということが作品のテーマにはなっていないこと。かといってポリコレ全開の作品のように、過剰に受け入れられているわけでもなさそう。
周囲が「ゲイ」を歓迎している風にも見えない状況で、「ゲイ=タブー」というテーマを持ってこないところが、今の時代を反映しているアップデートされた作品だと感じる部分。
美青年たちの美しすぎるBL作品とは違い、泥と土と草、そして家畜の匂いが漂ってきそうなこの映画は、独特のリアリティに溢れている。だからこそ、2人の男と、主人公の家族たちの感情がリアルに迫ってくるのだろう。
どのキャラクターの視点で見るかによって、同じ物語も異なる様相を見せるという点もこの作品の魅力。せっかくのサブスクなので、視点を変えながらリピートして見ると新たな発見があるはずだ。
物語
母は以前に家を出て行ってしまい、父は病気で体が不自由、高齢の祖母と3人で暮らす青年ジョニー。イギリスのヨークシャー地方の片田舎の寂れた牧場を、父に指示されながら仕方なく切り盛りしている。
地元の友人はみな都会の大学に進学していき、孤独と将来への不安を抱えるジョニーの憂さ晴らしは、酒と男とのセックスのみ。
羊の出産シーズンを迎えるにあたり、季節労働者を雇うことになる。やってきたのはルーマニア出身のゲオルゲ。最初はゲオルゲを「ジプシー」と呼びバカにするジョニーだったが、牧場仕事の知識が豊富で、成熟した男の魅力と繊細な優しさが共存するゲオルゲに興味をもっていく。
クレジット
監督・脚本:フランシス・リー
出演:ジョシュ・オコナー、アレック・セカレアヌ、ジェマ・ジョーンズ、イアン・ハート ほか
公開日:2017年9月1日(イギリス)
原題:God’s Own Country
イギリス映画/105分/ファインフィルムズ配給
Netflix:https://www.netflix.com/search?q=%E3%82%B4%E3%83%83%E3%82%BA&jbv=80170875
公式サイト:http://www.finefilms.co.jp/godsowncountry/
【警告】
ここから先は、かなりのネタバレ注意です。
あらかじめご了承ください。
ネタバレありの率直感想
ジョニーの視点で見るか、ゲオルゲの視点で見るかで「ゴッズ・オウン・カントリー」の印象は大きく変わる
【主人公のジョニーの視点で見た物語】
母ちゃんは子供の頃に出て行ったきり、父ちゃんは脳に持病があるのか体が不自由でいつも苛立っている、そして祖母ちゃんは何かと口うるさい。この先、体が不自由な父ちゃんが先に亡くなり、祖母ちゃんは介護が必要になるかもしれない。男にしか性欲が湧かない自分には結婚して家族を作るという選択肢も考えられない。
ジョニーがおかれている状況は、「明るい未来」が全く見えないどん詰まり。現状も最低だけど、この先はさらに最低の将来しか想像できない。
扱いづらそうでも根は素直で良い子のジョニーは、父ちゃんと祖母ちゃんを見捨てて都会に出て行くこともできず、かといって地元には友達もいなさそうで、ただただ孤独なだけの毎日。自分の置かれている境遇に対して、どこにぶつけていいのか分からない不満が大きすぎて、家業の農場の仕事にも熱が入っているとはいえない。楽しみといえば、行きずりの男をはけ口として性欲処理するか、パブで泥酔して二日酔いを繰り返すというだけの毎日。
そんなジョニーにとって、いきなり現れたゲオルゲは光射す未来への扉だと感じたはずだ。
最初は、自分の縄張りへの闖入者としてゲオルゲを認識して敵意をむき出しにして「ジプシー」と侮蔑していたジョニーだが、年上で農場仕事の経験も豊富、明らかに自分より優れているゲオルゲに対し感じ方が変わってくるのは、その表情からも伝わってくる。
2人が結ばれた後は、恋愛経験も性的な経験も豊富なゲオルゲの手解きで、制欲処理ではないセックスの喜びを覚えていくジョニー。大人になりきれないことが理由でゲオルゲが出ていったことで、大人への階段を一気に登ったジョニーは、自分の責任を果たしたうえで父ちゃんと祖母ちゃんにゲオルゲを迎えにいくと宣言する。
ジョニーの視点で見る「ゴッズ・オウン・カントリー」は、年上の恋人との関係の中で成長していく青年の物語だと思える。
【ゲオルゲの視点で見た物語】
ゲオルゲという人物を理解するためにもっとも重要なのは、ルーマニアからの移民であるということ。口数の少ないゲオルゲがポツリポツリと話す言葉から察するに、彼を取り巻く状況は相当に過酷なようだ。
・ルーマニアの実家は農場であった(そこで牧畜の知識・技術を身につけたと思われる)。
・ゲイであるゲオルゲは、彼氏を家の農場に引き入れたが、それがトラブルとなり、彼は家を追い出され帰る場所を失った。
・移民としてイギリスに来たゲオルゲは、期間労働者として農場の仕事を探して渡り歩いている。
ゲオルゲはとにかく周囲の人物に目を凝らして観察している。一定期間雇われているにすぎないゲオルゲは、どこに行っても常に他所者であり、雇用期間中に問題を起こさず無事に仕事を終えてお給金を手にしなければ生きていけない。
トラブルを引き起こすきっかけにならないためか、自分から何かを語ることはほとんどない。雇用主であるジョニーの家族がどのような人物で、その関係性がどうなっているのか、ゲオルゲは真面目に仕事しながら口数少なくじっと観察している。
後半に出てくるゲオルゲが働く別の農場の場面では、見るからに荒くれ者っぽい多国籍の移民たちが働いている。
帰る場所がない移民暮らしでしかもゲイのゲオルゲが、過酷な環境の中で生き残るためにどれだけの覚悟を決め乗り越えてきたのかを考えると、一筋縄ではいかない人物だということが見えてくる。
そんなゲオルゲからすれば、仕事も恋愛もセックスも経験値が不足しているジョニーはかなり御しやすい相手。仕事もセックスも手解きしてたっぷりの愛情を注ぐことで、ジョニーの心を完全にモノにする。
もちろんジョニーに対する愛情はあるのだが、移民であるゲオルゲにとっては恋愛はゲームではない。自分の居場所を確実なものにして異国で生き抜くための真剣勝負なのだ。
だからゲオルゲは、ジョニーのやらかしたことに怒り出ていくときに、罠を仕掛けていく。その罠にジョニーがかかり、自分を迎えにこさせるために。
ラストにゲオルゲが見せる柔和の表情は、愛情を取り戻した安堵の表情にも見えるが、自分の居場所を手に入れたことへの安堵の表情ともとれる。
ジョニーの視点と、ゲオルゲの視点では、まったく異なって見える物語。せっかくサブスク配信で見られるのだから、一度見て気に入ったら、視点を変えて再度見て欲しい。一回めでは見えなかった部分に気がつくと、ますますこの映画が好きになるはずだから。
(冨田格)
Photograph: Agatha A. Nitecka/Picturehouse Entertainment
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