新日本プロレス”フレッド・ロッサー”がゲイをカミングアウトした時のこと

現在は新日本プロレスで活躍中のプロレスラー”フレッド・ロッサー”は、2013年にWWEのリングに上がっていた当時、ゲイであることをカミングアウトした。WWE初のオープンリー・ゲイ・レスラーが語る「あの時」のエピソードを紹介する。

WWEに昇格したレスラーに訪れた転機

Fred Rosser
フレッド・ロッサー 画像引用元:Instagram

1983年11月2日、米国ニュージャージー州で生まれたフレッド・ロッサーは、2002年にインディペンデント団体でプロレスラーとしてデビューする。以降、いくつものインディ団体を渡り歩き、2009年にWWEの傘下団体のリングに”ダレン・ヤング”のリングネームで登場した。

傘下団体のリングで経験を重ねたのち、 2011年にWWEのテレビ番組「スマックダウン!」に昇格。タッグチーム”プライムタイム・プレーヤーズ”を結成し、タッグ王座へ挑戦していくものの、なかなか結果に結び付かなかった。

そんななか、2013年に転機が訪れる。

取材のカメラに向かってカミングアウト

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フレッド・ロッサー 画像引用元:Instagram

ロサンゼルス国際空港でエンタメ系のウェブサイト「TMZ」の取材を受けたダレン・ヤングは、カメラに向かってこう語った。

「俺を見てくれよ。俺はWWEのレスラーだけど、正直に言うと、今すぐ言うよ、俺はゲイなんだ。そして幸せなんだ。とても幸せだ。

これって人からすればどうでもいいことだと思うんだ。あなたにとって重要かな? 俺についてどう思うか変わるものなのか?

なかには嫌がる人もいるかもしれないけど、自分が幸せならそれでいいと考えているよ。

俺は、変化を起こせるようになりたい。人の性的志向がその人物を決定づけるものではないことを理解してほしい。それよりも、その人がどんな人なのかを考える方が重要であるべきなんだ」

カミングアウト後に必要なのはサポーター

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画像引用元:Instagram

近年、カミングアウトした2013年当時を振り返ったフレッド・ロッサーは、カミングアウトした後に一人でも理解してサポートしてくれる人の存在が重要だったと語った。

「TMZのカメラにカミングアウトした翌日に、トップ選手のランディ・オートンと廊下ですれ違ったらハグしてくれたんだ。そしてオートンは『何か問題があったら俺に言ってくれ、ロッカールームにいる誰でも面倒を見るのが俺の役目だからな』と言ってくれたよ。

オートンはその時から、俺の心の支えとなったんだ」

この突然のカミングアウトを機に、WWEは”プライムタイム・プレーヤーズ”をベビーフェイスに転向させてプッシュすることを決める。2017年10月に解雇されるまで、ロッサーはWWEのリングで活躍し続けた。

そんなフレッド・ロッサーにとっての、死ぬまでにやりたいことリスト「究極のバケットリスト」の一つが、新日本プロレスのリングにあがることだった。

2020年、新日本プロレスがアメリカで収録している中継番組「NJPW STRONG」に本名のフレッド・ロッサーで登場して「究極のバケットリスト」の一つを実現した。翌2021年に新日本プロレスと正式契約し、以降アメリカで開催する試合で活躍している。

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画像引用元:Instagram

2013年にフレッド・ロッサーが本当の自分を打ち明け、WWE初のオープンリー・ゲイ・レスラーとなったこと、そして彼のカミングアウトがレスラー仲間やプロレス・ファンから支持されたことは、それ以降にカミングアウトした多くのアスリートにとっての心の支えとなったことは間違いない。

新日本プロレス公式サイト
NJPW Strong On Demand

※参考記事:OUT SPORTS/instinct

(冨田格)

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