「カミングアウト最大の難関は養父母」米国陸軍士官学校体操選手の体験

アメリカ合衆国陸軍士官学校は、陸軍の士官候補生を養成する学校。規律正しく保守的な校風のなかで学ぶ黒人の体操選手が、ゲイであることをカミングアウトした体験を語った。彼にとって最大の難関は、学校の仲間ではなく、彼を愛して育ててくれた養父母だったという。

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マッチョな厳しい校風の陸軍士官学校

ブランドン・ロード
Steph E. Photography, Tucson Arizona. 画像引用元:OUT SPORTS

「私はブランドンです。黒人です。養子です。競技体操選手です。ウェストポイントの士官候補生です。そして、偶然にもゲイです」

ニューヨーク州のウエストポイントにあるアメリカ合衆国陸軍士官学校で学ぶ、体操選手のブランドン・ロードは、カミングアウトまでの葛藤を語り始めた。

アメリカ合衆国陸軍士官学校は、1802年創立のアメリカでもっとも歴史のある士官学校だ。厳格な規則に従い学び生活する、まさにマッチョな厳しい校風の環境だ。黒人のブランドンがゲイであることをカミングアウトするのは、決して容易ではないことが想像できる。

ブランドンは、こう語る。

「アメリカでは、黒人が自由に歩けない時代がありました。少し前までは、軍隊の中でゲイであることを公言するのは不可能でした。あなたはそれを社会の進歩と呼ぶかもしれませんが、私はそれを世界から無知を取り除くことと呼びたいと思います」

養父母へのカミングアウトは厳しい結末

ブランドン・ロード
ブランドン・ロード 画像引用元:OUT SPORTS

孤児であったブランドンは、アリゾナの養父母のもとで育てられた。ブランドンのカミングアウトで最初の難関は、その養父母だった。

幼い頃から養父母はブランドンが養子であることを隠さなかったという。ブランドンにしても自分が黒人で両親が白人なので、養子だということは3歳の頃から理解していたそうだ。

「両親はいつも、自分たちが私を養子にすることを選んだ、と言っていました。私を喜ばせるつもりだったのでしょうが、その「選んだ」という言葉は、私がカミングアウトすると「選んだ」ことが失望に変わるのではないか、という恐れを覚えていました」

実際、養父母へのカミングアウトは、映画のようなハッピーエンドとはならなかった。ゲイであるとカミングアウトすると、両親は「誰かに性的な虐待を受けたのか?」とブランドンに尋ねた。

「私が『そうだ』ということを期待したのでしょう。そして、親しい友人にはカミングアウトしていることを知ると、母の怒りが爆発しました。『お前が男と結婚する前に、私が死ねばいんだわ』とまで言われました」

その言葉は、ブランドンを「自分は一体何者なのだろう」と考え込ませることになる。それ以降ブランドンは、母に言われたことをすべて書き留めるようになった。紙に書き、それを消していくことで、母に言われた酷い言葉を昇華するようにしたのだという。

「母の中では、私への信頼は崩れ落ちてしまったのです。母は私に、親子の絆を深める唯一の方法は私が体操に打ち込み、いい成績をおさめることだと言いました。その言葉で、私の心は折れました」

母がブランドンがゲイであることを、時間をかけて受け入れることをただ待つことしかできなかった。今でも、母が完全に受け入れたかどうか、確信はもてないという。

「でも、私が体操で好成績をおさめてきたことで、私たちの絆が深まったことは事実です。私の両親は、私にとってとても大切な存在です」

陸軍士官学校への不安と実像

ブランドン・ロード
画像引用元:OUT SPORTS

ブランドンの父は20年以上軍に所属していた。子供の頃のブランドンは、とても男性的な人たちと親密な関係を築いている父の姿から、軍隊に対する認識や軍隊が要求する人物像をイメージしたそうだ。

2019年のジュニアオリンピック全国大会に出場した後、ブランドンはウェストポイントの米国陸軍士官学校に体操プログラムがあることを知った。難関であることを知りつつも、ブランドンは挑戦することを決意した。

「受験する過程で、私は自分が何に巻き込まれたのかに気付き始めていました。自分のセクシュアリティとこれまで慣れ親しんできた環境と、ウェストポイントが期待する血と汗と涙とマッチョな男性的環境のギャップに恐れを抱きました。

私は過剰に男性的でも、また女性的でもありません。私はただ自分自身なのです。ウエストポイントは、そんな自分を変えるための努力をするための場所なのだと考えたのです」

しかし、入学して2年を経たブランドンは、入学前に躊躇していたことは間違いだったと気づいたそうだ。

「ウェストポイントは、非常に知的で意欲的な人たちが集まる非常に競争の激しい場所ですが、私は自分のセクシュアリティや個性の出し方について揶揄されたり、特別視されたりしたことはまだ一度もありません」

とはいえ、体操部のチームメイトにカミングアウトすることは容易ではなかったそうだ。中学・高校時代には「体操はゲイのスポーツ」という間違った固定観念を持つ生徒が多く、ブランドンは揶揄されることが多かったという。

体操競技の選手は男性的な人がほとんどであり、ウエストポイントの体操チームのなかでブランドンは自分だけが周囲とは異なる雰囲気を漂わせていることは自覚したそうだ。

「それは多分、私がゲイだからでしょう。でも、ロッカールームの中ではチームメイトの雰囲気が変わります。みんなでシャワーを浴びて、ゲイ的なジョークで盛り上がったりもします。そこに私が加わってチームメイトの体を触ったりゲイ的なジョークを言ったりしたら、周囲は冗談ではなく本気だと受け止めるのではないでしょうか」

そんな恐れから、なかなかカミングアウトできなかったが、2年生になるときに自分を隠すのをやめ、チームメイトにカミングアウトした。

「私のチームメイトは、今まで出会った人たちの中で最も受け入れてくれる人たちだとわかりました。カミングアウトしてから、誰一人、カミングアウト前と違う扱いをする人はいません。彼らがゲイに興味を持つのは実に興味深いことで、私は彼らの疑問に答える情報源となることを楽しんでいます。

当事者はそれぞれ異なる経験をしているので、すべての質問に答えられるわけではありません。しかし、自分のコミュニティを可能な限り最善の方法で代表し、攻撃的で不適切な誹謗中傷に立ち向かうことが私の義務なのです。

ヒース・ソープのような性的マイノリティの体操選手が自分の経験を話しているのを見て、私も自分の経験を多くの人と共有したいと思うようになりました。

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当事者のアスリートは皆、一つの目標を共有しています。それは、他のアスリートが、極めて競争的で男性的な環境において、自分のアイデンティティを明らかにすることへの恐怖が減ることを願うことです」

ブランドンがこのまま順調にいけば、卒業後は陸軍士官となり国を守る任務につくだろう。アメリカでは誰もが尊敬する軍の士官がカミングアウトしていることは、多くの性的マイノリティに「勇気」を与えることになりそうだ。

※参考記事:OUT SPORTS

(冨田格)

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