映画『ファイアー・アイランド』が描く残酷なゲイの”友情”の現実

休日に何か配信映画見たいなあ、と思った時に勧めたいゲイのロマンチック・コメディ映画『ファイアー・アイランド』。夏になると全米からパリピなゲイたちが集まってくる楽園アイランドで、アジア系のゲイたちが人種ヒエラルキーに挑む物語の本質を考察する。

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映画『ファイアー・アイランド』が描く残酷なゲイの”友情”の現実
映画『ファイアー・アイランド』ディズニープラス

ボーイミーツボーイの露悪的ロマコメを、なんだかいい映画を見た気にさせるドナ・サマーの威力はすごい。(49文字)

ネタバレほぼなしの作品解説

映画『ファイアー・アイランド』が描く残酷なゲイの”友情”の現実
映画『ファイアー・アイランド』ディズニープラス

主演のノアを演じるスタンダップ・コメディアンのジョエル・キム・ブースターによるオリジナル脚本。ジョエルが子供の頃から大好きな「高慢と偏見」をモチーフに、ニューヨーク郊外のゲイの楽園と言われる島・ファイアー・アイランドを舞台にゲイだけのロマンチック・コメディを作り上げた。

作中でゲイのキャラクターを演じるのは、カミングアウトしているゲイの当事者俳優たち。

ノアの親友ハウィーを演じるボーウェン・ヤンは、歴史ある人気コメディ番組『サタデー・ナイト・ライブ(SNL)』で、初の中国系アメリカ人であり3人目のオープンリーゲイ男性としてレギュラーキャストとなった人物。

ノアが気になる男・ウィルを演じるのは、TVシリーズ『殺人を無罪にする方法』でメインキャストのコナーの同性の恋人役オリバーを演じたコンラッド・リカモラ。

ノアやハウィーの友人であるレズビアンのエリンを演じるのは、TVシリーズ『私はラブリーガル』で主人公のアシスタントを演じて強烈な印象を残したマーガレット・チョー、彼女はバイセクシュアルであることをカミングアウトしている。

物語

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夏になって「ファイアー・アイランド」に行くたびに、自分たちが「ヒエラルキー」の最下層だという現実を突きつけられるアジア人ゲイのノアとハウイー。

勝ち組の「白人・金持ち・マッチョ」たちはオーシャンウォークの水上コテージを借りるが、ノアとハウイーたちは島の内陸部のあまりトレンディーではないエリア、ツナウォークに滞在する。

彼らが常宿としているのは友人であるエリンの家。ところがエリンが破産して家を売却することが決まっていると聞かされ、ノアとハウイーにとって、思いがけず今年がファイアー・アイランドで一緒に過ごす最後の夏となってしまう。

マッチョで快楽主義者のノアは、「アジア人でオタクでデブな自分にはボーイフレンドができるはずがない」と人生を諦めてしまったハウイーが理想の相手に出会えるよう手助けすることを決意する。

お茶会(ティーダンス)で知り合ったハウイーと医師のチャーリーが意気投合する一方で、ノアはいけ好かない金持ちグループにいるウィルのことを気になり始めるのだが…。

クレジット

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映画『ファイアー・アイランド』ディズニープラス

監督:アンドリュー・アーン
脚本:ジョエル・キム・ブースター
出演:ジョエル・キム・ブースター、ボーウェン・ヤン、マーガレット・チョー、コンラッド・リカモラ ほか
2022年/105分/アメリカ
ディズニープラス:https://www.disneyplus.com/ja-jp/home
(C)2022 20th Century Studios.All rights reserved

【警告】

ここから先は、「ネタバレありの率直感想」。

かなりのネタバレ注意です。

あらかじめご了承ください。

「ヒエラルキー」が強烈なスパイスに

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ゲイ映画というと、ゲイであることの生きづらさや周囲の理解を得られない孤独など、社会との関わりから生じる側面にフォーカスした作品が多いが、この映画はまったく違う。

ゲイの楽園と言われるニューヨーク郊外の島・ファイアーアイランドを舞台に、ここに遊びにやってきたゲイ友たちの夏の一週間を描く物語。

横に長く縦に短い特徴的な形状の島に、夏になるとなぜゲイたちが集まってくるのかといえば、それは出会い、そしてひと夏の恋を求めて。お茶会(ティーダンス)と呼ばれる日中のイベントから、週末のクラブでの下着パーティー、そしてそれぞれが滞在する別荘・家でのホームパーティーなど、ひと夏の恋の相手を探すための機会には事欠かない。

ハリウッド映画によくあるティーンのサマー・キャンプを舞台にしたラブコメみたいなものか? と思うかもしれないが、この映画には強烈なスパイスが振り掛けられている。

それがゲイの世界に歴然と存在する「ヒエラルキー」だ。

この物語を支える2つの柱とは

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同じ「ゲイ」でも、そこには多様性があるもの。人種、ルックス、体型、経済力、恋愛観など、実にさまざま。狭いファイアーアイランドに多様なゲイが大挙して集まるので、ヒエラルキー格差もよりあからさまになる。

「白人・金持ち・マッチョ」が最上位であり、主人公のノアとハウィーのような「アジア系・貧乏」は下層クラスだ。

主演・脚本のジョエル・キム・ブースターは、子供の頃から好きだった「高慢と偏見」をモチーフにして脚本を書き上げた。ゲイのヒエラルキー間で生じる誤解や諍いと、それを乗り越えるロマンスが、物語のひとつの柱となっている。

そしてもうひとつの柱が、同じヒエラルキーの中でも生じる感情的諍いとゲイの脆い友情関係だ。

恋愛観の違いが物語を推進する

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主人公のノアは、「アジア系・貧乏」という下層クラスでありながら、体を鍛えてマッチョになることで自信を保っている。そのため一夜限りの相手を探すことには不自由していないようだ。

対する親友のハウィーは、オタクでぽっちゃりで自分に自信がない。映画『君の名前で僕を呼んで』が大好きで、一夜限りの恋よりも映画『セイ・エニシング』のようなスイートな告白をされたいという、いわば恋に恋するタイプ。

ノアとハウィーが、それぞれヒエラルキーの壁をぶち破って、より上位クラスのゲイと「ひと夏の恋」を実現させることができるのか。二人の恋愛観の違いが物語の推進力となって、リゾートという非日常を舞台にしたボーイ・ミーツ・ボーイのロマコメを成立させている。

ノアとハウィーの仲間の下層クラスのゲイから、上位クラスのゲイまで様々なキャラクターが登場するので、ゲイならば自分を投影できるキャラクターを見つけられそうだ。そうすることでより深く映画を楽しむことができるだろう。

見ている間は楽しめて、観賞後には何も残らないというロマコメの王道的な物語。ラストシーンでなんとなくいい映画を見た気にさせてくれるのは、バックに流れるドナ・サマーの「ラストダンス」の威力か。ドナ・サマー、恐るべし。

 「いい映画を見た気にさせる」問題

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ドナ・サマーの「ラストダンス」が流れる夕暮れの桟橋の場面と、その直前に描かれる最低男を成敗する場面からの流れで、気持ちよく映画は終わっていく。なんとなく「いい映画を見た気」になれるわけだが、ちょっと待ってほしい。

時間が経つごとに「ラストダンス」の魔法も解けてくると、この映画の真の姿が見えてくる。

ファイアー・アイランドに存在するゲイの歴然としたヒエラルキーに穴を開ける爽快感は勘違いだったのではないかということ。

そしてもうひとつの柱である、同じヒエラルキーの中でも生じる感情的諍いとゲイの脆い友情関係の方が、より強烈な印象として浮かび上がってくるのだ。

ヒエラルキーの壁に穴は開いたのか?

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ファイアー・アイランドには、「白人・金持ち・マッチョ」が最上位で主人公のノアとハウィーのような「アジア系・貧乏」は下層クラスという、厳然としたヒエラルキー格差が存在する。

たしかにハウィーは、最上位に属するチャーリーという男性と”いい感じ”にはなる。しかし金持ち白人のチャーリーが最上位のクラスのど真ん中かといえば、それはまた違う。

どちらかというと地味で、穏やかな恋愛を好みそうなタイプ。さらに、アジア人に対する偏見がもともと少なそうだ。最上位クラスの端っこにいるチャーリーとハウィーが”いい感じ”になるのは悪い展開ではないが、ヒエラルキーの壁に穴を開けるようなダイナミズムは感じられない。

主人公のノアにしても、結果的に結ばれたような形になるのはチャーリーの友人ということで最上位クラスにいるアジア系のウィル。金持ちのウィルは最上位クラスの住人のような顔をしているが、アジア人の彼はチャーリー以上にクラスの端っこにひっかかっているようなもの。

物語を冷静に見直せば、結局、ヒエラルキーの分厚い壁に穴など開いていない現実に気づく。

それって、どんな「友情」なの?

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さらに、もうひとつの柱である同じヒエラルキーの中でも生じる感情的諍いとゲイの脆い友情関係について考察しよう。

ノアとハウィーと行動を共にするのは、非アジア系かつ非白人のルークとキーガン。彼らは、かつて同じ飲食店で働いていたことから仲良くなり、仕事がそれぞれ変わった後も”ツレ”として行動を共にしている。

表面上は「仲良し」なイメージでわちゃわちゃしている彼らだが、それぞれが抱く感情は結構複雑。特に、グループ内ではマッチョなノアだけが美味しい思いをしていることを、ルークは内心嫉妬している。

物語の前半で、ノアがとデックスというセクシーな白人と”いい感じ”になる。しかし、ノアはその後に上位クラスのウィルと知り合い、そちらと仲良くなっていく。

一方ルークは、ノアの関心がウィルに移ったあとにデックスと関係を深めていく。それを秘密にしながら、ルークは「私の方が(今年は)人気者よ」と勝ち誇った顔をするのだ。

ところがデックスは札付き男で、ルークとの行為を勝手に撮影してSNSに晒してしまうのだ。

ゲイが抱える孤独問題のリアル

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物語の後半で、動画が勝手に公開されたことに怒ったノアがデックスをやっつけに向かう、という「いい話」的な展開になる。のだが、これはノアの心がすでにウィルに向かっているからに過ぎない。

ウィルという存在がいなければ、ノアとルークが取っ組み合いの”キャットファイト”をおっぱじめていても仕方ないシチュエーションだ。

デックス問題が片付いたあとで、ルークはキーガンにうながされてしぶしぶノアに感謝を述べる。それに対してノアは「僕らは友達以上、家族だ」と広い心で受け入れる。

これもまた「いい話」のようだが、それに続くノアの言葉「僕には君たちしかいない」が、ゲイが抱えるリアルを的確に表現している。

もともとマイノリティで人数が少ないうえに、人種や貧富の差などのヒエラルキーが歴然とあるなかでは、つるめる相手は限られてくる。往々にして若いうちにつるむ相手が決まってグループが形成されていくので、何年かして他のグループに移ったり、新たなグループを作るのは結構ハードルが高い。

人種の問題が少ない日本だって、アジアの他の国も、ゲイの世界は同じような状況だ。「君たちしかいない」から「君たちが家族だ」というノアの言葉は、いまさら新たな友情関係は築けないから受け入れるしかないという厳しいゲイの現実を表している。

「親友」の定義もかなりあやしい

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同じアジア系とうこともありハウィーとは大親友かのように振る舞うノアだが、サンフランシスコに住むハウィーに「まったく会いにきてくれないよね」と突っ込まれる。この件は、ノアのハウィーに対する友情の深さにも疑問符がつくところ。

内心憎しみあってもいるけれど「友情」を装っていないとつるむ相手を失い孤独しか待っていない、というゲイに共通する問題は、古くは『真夜中のパーティー』やリメイク版の映画『ボーイズ・イン・ザ・バンド』にも通じるもの。

ゲイを取り巻く社会環境が大きく変化したとはいえ、実は根本的な部分は「真夜中のパーティー」が描いた1960年代後半とあまり変わっていないのかも、とも思えてくる。

ニューヨークに限らず、国を超えて多くのゲイが抱えるリアルな問題が根底にある映画「ファイアー・アイランド」は、いわゆる「いい映画」ではないかもしれない。しかし、ゲイだからこその共感ポイントが多いので、見て損はしない一本であることは間違いない。

そうそう、ラストでノアとウィルがいい感じになったように見えるけど、それは恋愛に繋がるのだろうか? 筆者は非常に懐疑的だ。なぜなら快楽優先主義のノアが、真面目そうなウィル一人で満足できるはずもないから。

ノアはニューヨークの自宅に戻った途端にファイアー・アイランドでかかった”恋愛の魔法”(または”勘違い”)は解けて消え、今夜の相手をアプリで探し始めるに違いない。ノアってそういう奴。

最後に読者にゲイの親友がいるか尋ねてみよう。

(冨田格)

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